Sincerely's Blog

フェミニズムについて、ゼロから学んだことのメモ。

ハウルの動く城、あるいはエリート男性に嫁いだ自信のない女性の話

金曜ロードショーで「ハウルの動く城」を見ました。11年前、2人で映画館に観に行ったのを懐かしく思い出しながら妹と鑑賞。今日あらためて見てみると当時とはまた違った見方ができて(スレたとも言う笑)、面白かったので私なりの考察・分析を書き出してみます。

 

劇場公開当時私は22歳、妹は17歳でした。見終わった時は「あぁ、これは女性向けのお伽話なのね〜。自信がないけど心が綺麗な女性がなぜかイケメンに惚れられ、家事をがんばってたら『君は綺麗だよ』と言われて幸せになる少女マンガパターンかぁ」と思っていたのですが、そんな甘っちょろい話ではありませんでした。そんなお伽話ではなく、これはごくごくふつうの、現代人のお話なのだと今日わかりました。それは言ってみれば、「伝統的価値観に縛られたこじらせ女子が、心に闇を抱えたエリート男性に嫁ぎ、激務で鬱病になっちゃった彼の心に愛を取り戻させて家庭を立て直す話」です。

そう見て見ると、もうわかりやすいくらいわかりやすい話でした。昔見た時は難解だと感じていたのが嘘のようです。

 

まず、各キャラクターがこの物語の中でどのような役割を担っているのか、何を象徴しているのかを書き出してみます。

<キャラクター分析>

ハウルの城:ハウルの心のメタファー。

これは言うまでもないと思います。「家はその人を表す」という通り、ハウルの城は継ぎ接ぎだらけで、見た目は恐ろしく、内部はぐちゃぐちゃです。今にも壊れそうだけれど、実際は「はりぼての城」だと宮崎駿監督は言っています。およそ人が住むような場所には見えない、機械的で冷たい城は、ハウルという人間の抱える脆さと不器用さをよく表しています。

 

カルシファー:愛、情熱、温かい心の象徴。ハウルの人間らしい心の一部。

この物語の中で、最も大切なのがカルシファーという存在です。カルシファーはハウルの一部です。「おいらとハウルは、一心同体なんだ」とカルシファー自身が言っています。カルシファーの声は、そのままハウルの心の声でもあります。

城(=崩れそうなハウルの心)を動かしているのはカルシファーという熱い情熱です。それは、戦争でボロボロになって帰って来たハウルが、カルシファーの前でぐったりとしているところからも見て取れます。仕事で疲れて帰って来て、「自分はなぜこんなことをやっているんだ…」と、消えそうな情熱を前に、自問自答しているのです。

 

ハウル:才能にあふれたイケメンエリート。でも仕事が激務すぎて鬱病発症。

ハウルは「星にぶつかった少年」だと宮崎駿監督によって表現されています。「星」とはすなわち、「才能、環境、運」。それらにぶつかったハウルは、いわゆる「持っている」人です。「天賦の才」という言葉があるように、こういう好運は、本当に流れ星にぶつかるような確率でしかありえません。でも、世の中にはそういうものすごい才能を持った人がいるのです。

ハウルがカルシファーと契約した時、ハウルは「カルシファーを助けようと思って」飲み込んだそうです。もともと、ハウルは心優しい少年だったのでしょう。自分に才能があることがわかり、ハウルはその才能を活かして世の中に貢献したいと思いました。しかしそれは、魔法使いとして桁違いの能力を得る(=エリートとして出世し、世の中を動かす人になる)代わりに、自分の温かい心を悪魔に差し出す(=人間らしい生活を諦める)ということでもあったのです。

 

戦争:ビジネスや政治など、いわゆる「外の世界」=「男性主体の社会」。

この物語の中では、戦争は日に日に激しさを増しているようですが、それが何のための戦争なのか、何をやっているのかよくわかりません。企業戦争や政争など、人間らしさを失い、ただひたすら相手を傷つけ戦うことを要求される、意味も終わりもない愚かしい社会の争いのことを揶揄しているのだと思います。

ハウルはエリートであるがゆえに、毎日ボロボロになるまで働かされ、仕事によって心が蝕まれて行き、魔王になってしまいそうに追いつめられています。大きな黒い鳥の姿になるのは、スーツを来て世界を飛び回るビジネスマンといったところでしょうか。

 

サリマン:ハウルをエリートに育て上げたモラハラ教育ママ。

サリマンはハウルの母です。ソフィーに対する高圧的な態度は、「私のかわいい息子に手出しやがってこの若い女が!」という、気に入らない嫁に対する鬼姑そのものです。サリマンはハウルの才能に目を付け、エリートとしてハウルを育て上げました。それこそが彼女が王国(=社会)で力を得るための手段だったからです。ハウルを戦争という激務に追いやっているのも彼女です。でも、母親らしい勘で、ソフィーがハウルを心から愛していることには気付いています。

 

ちなみに、王宮でサリマンの部屋に辿り着くまでソフィーと荒れ地の魔女が階段を登らされるシーン。あの無駄に高い階段はサリマンの社会的地位の高さを表していると同時に、彼女のプライドの高さも表していると思います。サリマンと腹を割って話すには、彼女のプライドの高さまで歩み寄ってやらなければならないという暗喩です。もともとそこまでプライドの高くないソフィーは、自力で何とか階段の上まで辿り着きますが、同じくプライドの高い(=余分な脂肪をたっぷり身につけた)荒れ地の魔女は、そのプライドのせいで死にそうに大変な思いをするようです。

 

国王=息子には無関心なハウルの父。

国王がハウルを見て「わしの影武者か。今度の影武者はよくできているな」と言うシーンがあります。国王はサリマンが育てた息子であるハウルに対して、自分が死んだ後の影武者、つまり跡継ぎの一人くらいにしか思っていません。国王は戦争にしか興味がないのです。

 

ソフィー:伝統的な価値観に縛られたこじらせ女子。

ソフィーは「女は若く美しくなければ価値がない」「自分はブスだから掃除婦や帽子職人(裁縫)や料理をやってブスという欠点を補わなければならない」と思い込んでいます。こういった自信のなさは、程度の差こそあれ、ほぼすべての女性に植え付けられているコンプレックスでしょう。また、ソフィーは「私は長女だから」と、自分の人生を主体的に選択することから逃げています。これは旧来的な価値観に縛られていることの表れです。

 

ベティー:若くて可愛いアイドル的勝ち組女子。

ソフィーとは逆に、妹のベティーは男性から人気があり、ちやほやされて仕事場でもそれなりに成功しているようです。「若くて可愛い女にしか価値がない」という価値観が支配する社会の中で、ベティー は幸運にも可愛く生まれ、そしてその魅力を自己実現のためにいかんなく利用しています。アイドルや女子アナ的な男ウケの良いタイプ、自らの「女らしさ」を武器にして世の中を渡っている女性といえるでしょう。こういう妹が身近にいることで、ソフィーのコンプレックスはますます強められています。

 

ソフィーにかけられた呪い:「ババアに価値はない」という価値観。セクシズム。

ソフィーにかけられた呪いは、「簡単には解けない」と荒れ地の魔女は言っています。

荒れ地の魔女を目の前にしたソフィーは、相手の美しさと自信に打ちのめされます。そしてまた、「こんな美しく凄みのある人でも、ハウルに捨てられたんだ」という現実を知り、「自分もいつかはハウルに捨てられる」と思い込みます。そしてソフィーは、自信をなくして老女になってしまうのです。

そしてこの、「ババアには価値がない」=「女の価値は若さと美しさだけ」というセクシズムは、そのまま「女は男に愛されるべきもの、男に庇護されるべきもの」という価値観に結びついています。この旧弊的な価値観を信じてしまったことが、ソフィーにかかった呪いです。

 

荒れ地の魔女:ハウルの元愛人美魔女→精神を病んだ老女

荒れ地の魔女は、ソフィーとは対極の女性です。美しく、能力もあり、女性としての自分の魅力に自信を持っています。ベティーのように男性に媚びるタイプではなく、男性を支配するタイプです。彼女は言うなればエリート男性を手玉にとる銀座のママのような感じでしょうか。ハウルが「面白いと思って近づいたんだけど、恐ろしい人だった」と述べています。彼女はハウルの持つ才能と、それに付随する富や権力を欲していますが、ハウルの本当の心(=城)には気付いていません。

彼女はハウルがソフィーのような冴えない一般人女性と結婚したのを知り、ソフィーをバカにします(「貧乏くさい店、あなたも貧乏くさい」という台詞)。

しかし、サリマンというハウルの母親によって、自分の本当の姿を明るいランプで照らされます。それは、老いさらばえてもはや美しくなくなった姿でした。見たくなかった自分の醜い姿を直視した荒れ地の魔女は、発狂して精神症を発症します。

しかし、自分の本当の姿を知り受け入れたことで、彼女はハウルの城(=心)の中に入れるようになります。そしてハウルの人間らしい心(=カルシファー)を目にして、「綺麗ねえ」と感心するのです。

 

マルクル:ハウルの連れ子。荒れ地の魔女との間に出来た子供。

ハウルを慕っており、魔力も多少は使える(=才能が遺伝している)ことから、マルクルはハウルと誰か別の女性との間に出来た子供だと思います。マルクルがソフィーにしがみついて「僕たち家族?」と訊ねるシーンは、継母に甘える子供のそれにしか見えません。

ではマルクルの実の母親は誰か?と考えたのですが、どう考えても荒れ地の魔女にしか、登場人物の中にそれらしい人物が見当たりません。荒れ地の魔女のハウルに対する執着、ハウルがマルクルと同居している理由、そしてソフィーがマルクルに「おばあちゃんのこと見ててね」と再三依頼する態度を考えても、やはり荒れ地の魔女がマルクルの母親なのではないかと思います。

そう考えると、荒れ地の魔女のまじないの紙がソフィーを介してハウルに届けられるのは、ソフィーとの再婚を知った荒れ地の魔女からの、「再婚相手に私たちのことバラすわよ」というハウルへの脅しとも読み取れます。「テーブルの跡は消せても、呪いは消せない」というハウルの言葉が意味深です。そしてこの時に、ソフィーは荒れ地の魔女とハウルとのただならぬ関係に感づいています。

 

カブ:自己評価の低さをソフィーに救われた、弱者男性。

ハウルほどではないにせよ、カブも真の姿はそれなりにイケメンの王子様です。でも彼は、呪いによってカカシにされていました。木偶の坊として、社会から見捨てられていた存在です。いわば、自分で自分のことを役立たずと思い込み、引きこもりになっていたような状態です。

カカシという「どこへも行けない」「人の形をしているけれど、人ではない」という存在は、「やりたいことがわからない」「自分が何者なのかわからない」という、モラトリアムな現代の若者のようです。

でもソフィーは、彼を杖として甦らせようとしました。カカシの木の部分(=人間の本質)に着目することのできるソフィーの能力と、結果として自分の利益にはならなくても向きを直してあげるという優しさは、ソフィーの良い部分です。

見捨てられていた自分の存在に気付いてもらえたカブは嬉しかったのでしょう。自分にもできることがある、やれることがあると気付いて自信を取り戻したカブは、その魔力(=才能)を使って、ハウルの城へソフィーを案内します。

カブはハウルの城の場所を知っていますが、中には入れません。それは、ハウルの危うさを知ってはいますが、心の中に踏み込めるほどには親しくない関係を意味します。

ハウルほどの才能はなくとも、カブもまた心の優しい純粋な男の子なのかなと思います。自分と似たような境遇にあるハウルに、カブは自分を助けてくれたソフィーを紹介します。つまり、「彼女は男性の肩書きや外見に惑わされない女性だ」「人助けをする優しさもある」「君たち一緒に暮らしたらうまく行くよ」と、二人の仲を取り持ってくれたわけです。

 

ヒン:サリマンの父=ハウルのおじいちゃん?

ソフィーが過去のハウルに会いに行く時、ヒンも一緒に付いて来ます。いわば過去への道案内のような役目を果たしています。これは、ハウルの過去を知る人という意味に違いありません。そして、サリマンから受けているぞんざいな扱い、おじいちゃんっぽい外見を考えると、サリマンのお父さん、つまりハウルのおじいちゃんかなと思います。(犬並みの存在…かわいそう笑)

 

 

<ストーリー分析>

さてそれでは、上記のキャラクターを踏まえて、主なシーンごとにストーリーを解読していこうと思います。

 

  • なぜハウルはソフィーに惚れたのか?

ソフィーが男性からの誘いを断って、自分の道をまっすぐに進もうとしていたからです。ソフィーは妹の店に行く途中、男性2人にナンパされます。怖じ気づきながらも、ソフィーはきっぱりと、「通して下さい。行くところがあるんです!」と2人に対してはっきりと自分の意志を主張します。これは、「何があっても自分の信念を枉げない、障害があっても突き進む」という、自立した女性の姿を感じさせます。その姿にハウルは惚れ込んだのでしょう。

また、ソフィーのことを単なる性欲のはけ口としか見ていない男性に対して、きっぱりとNOを突きつけています。独身のソフィーですし、相手は見た目カッコいい軍人ですから、「ちょっとお茶くらいなら…」と言っても不思議はありません。本当はソフィーの自己評価の低さがNOを言わせたのですが、ハウルの目には、男のステータスに惑わされない芯のある女性と映ったのでしょう。

 

  • 出会ってそっこうデート、そしてたぶん初エッチ?

ハウルはソフィーのような自立した女性を求めていました。これぞと思った女性に対して、ハウルは手が早いです。あっという間にデートに誘い(=一緒に歩き)出しています。

ここで、荒れ地の魔女の使いであるゴム人間たちがうようよと出て来ます。これは、ハウルを狙っている女性たちの象徴です(笑)。彼女らはハウルの外見や才能にしか興味がありません。彼女らの手を離れるため、ハウルはソフィーを連れて空へ飛び上がります。これは二人の関係が一段階上のレベルに上がったという恋心のメタファーであり、もっとあけすけに言うなら、二人が初めて結ばれた暗示でもあるかなと思います。

 

  • 現実的な妹

ソフィーは妹に「ハウルとしちゃった!」と相談します。リア充の妹は姉に「それは遊ばれてるだけだよ!」と現実的なアドバイスをします。自己評価の低い姉はそれを受け入れ、独りで仕事をして生きていこうと決心します。

 

  • 元愛人が乗り込んで来る

その世、ソフィーのところへ荒れ地の魔女(=ハウルの元愛人)が乗り込んできます。彼女はソフィーに「女はババアになったら終わり」という、解くのが非常に困難な呪い(=思い込み)をかけます。この時に、ソフィーは自分の孤独な将来を走馬灯のごとく見たのでしょう。誰にも愛されず、子供も作れず、独り死んでいく姿……。そして、ハウルのようなイケメンに愛されることなど、自分には金輪際ないのだと思い込みます。そして、自ら老婆のような姿になってしまうのです。

 

  • モテない女性の寂しさを表す山道

ソフィーは街を出て山に向かいます。この時のソフィーは半ば死んでもかまわないくらいのやぶれかぶれの状態です。自分にとっては初めての相手だったのに、ただ遊ばれただけ。そしてたぶんあんな素敵な恋はもう二度となく、自分はババアになって独りで死んで行くんだ……という絶望。

吹きすさぶ風が「寒い」という山道の描写、街(=社会)から距離を置こうとしてもなかなか離れられないしんどさ……独身女性の孤独さが非常によく表れているシーンです。

 

  • カブとの出会い

ソフィーは山道で、カブを助けます。これは、寄りかかる相手(=杖)を探していた時に、逆に困っていた境遇の人を助けたことになります。この、「自分も大変な時なのに誰かに親切な行動をする」というソフィーの利他的な善行が、後でソフィーを救うことになります。ソフィーの優しさのおかげでカブは元気を取り戻し、ソフィーをハウルに引き合わせてくれます。

 

  • ハウルの城(=心の中)に入る

カブの助けのおかげでハウルと再会でき、無事に同棲までこぎつけたソフィーですが、自分のことを「掃除婦」だと言ってしまいます。女性としての価値に自信のないソフィーは、異性と同棲するのに自分を「恋人」だと自分で認めることができません。ハウルもハウルで、自分の心の中に入って来た女性を、恋人だと最初は認めません。でも、ソフィーがやってきてくれたおかげで、ぐちゃぐちゃだったハウルの心の中は綺麗に片付き、生活にうるおいが出るようになります。

 

  • バスルーム=カッコつけたい心理

「バスルームいじった?!」とハウルは激怒します。バスルーム=裸になる場所&トイレ=いちばん恥ずかしい部分。ハウルにとって、いちばん見られたくない場所は「髪を染める=カッコ良く見られたいという心理」でした。その部分をソフィーに見られてしまったハウルは、恥ずかしさのあまり溶けてしまいます。

でも、この一件を通してソフィーはハウルの(文字通り)裸の部分を見ることになり、それが二人の関係を少し進展させます。完璧だと思っていたハウルにも、実は人間らしい部分があった。その発見は、ソフィーにとって「ハウルも一人の人間なんだ」と気付かせるきっかけになったことでしょう。

 

  • たぶんセックスレス

ハウルがソフィーの寝顔を見つめる場面があります。ハウルはソフィーを愛していますが、ソフィーが自分から求めてこない限り、手を出そうとはしません。(あるいは、そういう欲望を必死で我慢しているのかもしれませんが。)

なぜなら、もしハウルがソフィーに肉体関係を求めてしまったら、自己評価の低いソフィーは城から追い出されるのを恐れて嫌々でも受け入れてしまう恐れがあるからです。そうなってしまったら、二人の関係は恋人同士ではなく、「家に置いて食わせてやる代わりに掃除とセックスの相手をしろ」という、ものすごく旧時代的な男尊女卑的関係になってしまいます。

頭脳明晰なエリートであり、フェミニストでもあるハウルは、そんな結婚生活は望んでいません。しかし、ソフィーにかけられた「女は若くて美しいうちしか価値がない、そうでなければ掃除婦をするしかない」という呪い(思い込み)は、ソフィーが自分で気付いて解くしかありません。ハウルはそれをじっと待っているのでしょう。(不憫だなぁ、ハウル…)

 

  • サリマン(=実の母親)に紹介

激務でクタクタのハウルを見かねて、ソフィーは「仕事やめたら?」と提案します。そんなことしたらサリマンママが怒る、と弱気なハウル。サリマンの王宮(=ハウル実家)に乗り込むソフィーに、ハウルは指輪を与えます。これはもちろん、結婚指輪の意味です。男性が女性に指輪を与えるのに、それ以外の意味はありえません(お守りが目的なのであれば、ペンダントやブレスレットなど、他にいくらでも考えられます)。

指輪をはめるのは、「自分の配偶者として、公式に認める」という意味です。そして王宮から逃げ出す時は、結婚指輪がハウルの城(=心)に帰って来る道標となります。

 

  • 引っ越し=マイホーム購入

サリマンと対決してくれたソフィーを喜ばせるために、ハウルはがんばってマイホームを購入します。しかもドレスを買ってあげたり、わざわざ実家のそばに家を建ててあげるくらいの優しさです。ハウルの心の中も綺麗に整頓され、新しい生活に向けて意欲が湧いていることがわかります。

 

  • 「ソフィーへのプレゼント」=ハネムーン

ハウルが自分の子供の時に住んでいた場所にソフィーを連れて行くのは、旅行のメタファーだと思います。この時の思い切りロマンチックな雰囲気、夢のような風景はまさにハネムーン。でもそこに、戦艦(=仕事の電話)がやってきて、雰囲気をぶちこわします。ストレスが限界に来ているハウルの様子をソフィーは目にしておののきます。

 

  • 「守らなければいけないものができた」ハウル

ハウルは戦争に向かいます。ソフィーを愛するようになったハウルは、自分の仕事にやりがいを見いだします。でもそのせいで、心身ともにボロボロになっていくハウル。ソフィーはハウルに、仕事を辞めさせようとします。

しかし、それまで仕事で支えられていたハウルの心(=城)は、自分の心に素直に行動し始めたとたん、ガラガラと瓦解していきます。重荷を降ろして行ったともとれますが、逆にエリートでなくなった自分に自信をなくしていったとも読み取れます。

 

  • ソフィーの髪の毛は何を意味するのか

「自分の身体の一部を与える」というのは、とても重大な意味を持ちます。しかも、髪の毛というのは女性らしさを象徴する部分です。それを受け取ったカルシファー(=ハウルの心)が、熱く燃えたぎり力を発揮するのも意味深です。愛情や金銭的協力という読み取り方もできますが、男性がいちばん愛情を感じられるのはやはりセックスを通してなので、ソフィーがセックスによってハウルに活力を与えたと解釈できます。ソフィーがカルシファーを褒めるのも、妻が夫をおだてて何かをさせる姿にしか見えません。

 

  • ハウルの心を欲しがり、すがる荒れ地の魔女

荒れ地の魔女は神経症を発症し、ソフィーに介護してもらっていましたが、ハウルの愛情が欲しくなりソフィーからハウルの心を奪おうとします。それは色気によってたぶらかすのではなく、老いさらばえた姿で哀れみを誘うことで、彼の同情を惹こうとするものでした。

しかし、それはハウルの過去の傷をえぐるものであり、荒れ地の魔女自身をも傷つけるものでした。それを止めようとしたソフィーがかける水は、ハウルの心に致命的なダメージを与えてしまったことを意味します。「あんたたち昔付き合ってたんでしょ!知ってんのよ!」とでも言ったのでしょうか。あるいは二人の抜き差しならない場面を見てしまったとか。

いずれにせよ、昔の愛人とボロボロに傷ついた男とそれでもなんとか家庭を維持しようとする妻との、すさまじい修羅場だったのだと思われます。

 

  • 結婚指輪を見つめて、ハウルの過去に行き着く

ハウルの城(=心)は割け、家族もバラバラになってしまいました。絶望したソフィーの姿は、大喧嘩した後の部屋に佇む主婦のようです。でもそこで、ソフィーは結婚指輪を見つめ直し、ハウルがどうしてこうなってしまったか知ろうとします。過去を知るヒンが、ソフィーを案内します。

 

  • ハウルに依存していた自分に気付いたソフィー

ハウルの少年時代を見たソフィーは、彼がずっと、心(=カルシファー)を自分から切り離して生きて来ていたことを知ります。自分が今まで話しかけていたカルシファーこそが、ハウルの心なのだと気付いたのです。

本当は、ハウルは安らげる場所を求めていた。自分の真の姿をわかってくれる人を待ち望んでいた。それなのに、ソフィー自身が自立していないという事実が、ハウルにとって重荷になっていた。ソフィーは自分が「ぐずだった」=「受身だった」ことに気付きます。

自立とは、自分のありのままの姿を受け入れ、他者から何を言われても自信を持って自分を愛し抜くことです。「ババアに価値はない」という他人の価値観を受け入れてしまっているソフィーには、常に自信がありませんでした。ハウルは、そんなことを一言も言ったわけではないのにも関わらず。

ハウルは素のままの自分を愛してくれていたのに、自分に自信がないために老婆の姿に甘んじていた。本当は自分もハウルを愛しているのに、拒否されることが怖くてその気持ちと向き合うことから逃げ、ハウルに思いをきちんと伝えようとしていなかった。そして自分の臆病さが結果としてハウルを追いつめてしまったということに、ソフィーはやっと気付いたのです。

過去から未来へ戻るトンネルの中で、ソフィーは「自分で歩くから」と泣きます。最初にハウルと空中散歩をした時、ハウルに「歩き続けて」と、自分の足で歩くことを教えられたことを思い出していたのです。ハウルが求めていたのは城の中で家事をするような女性ではなく、自分と一緒に空中を歩いてくれる女性なのだと認識したソフィーは、自立した女性になることを決意します。

 

  • 窮地を救ってくれたカブ=友人?

ハウルは表情がなく、もう廃人のようになっています。城はボロボロになり、板一枚になって崖を急降下して行きます。ハウルが鬱病になって家が崩壊し、生活レベルが急降下したという描写なのかなぁと思います。そこで身を挺して救ってくれたのがカブでした。カブはおそらく、ソフィーへの友情から何らかの形でハウル一家を援助してくれたのでしょう。

カブの誠意に感謝し、ソフィーはカブにキスします。この場面は、それまで男性としての自分に自信がなかったカブが、女性に認められることで、男性としての自分にOKを出し、人間らしさを取り戻すという意味なのではないかと思います。

ソフィーたちを助けたことで自信を取り戻したカブは、自分にかけていた「役立たず」という呪いを解くことが出来、王子に戻ります。

 

  • 愛を告げるソフィー

ソフィーはずっと、自分は美しくない、価値がないと思い込んでいました。「若くて美しい女にしか価値がない」という思い込みは、そのまま「女は男に庇護され、愛されるべきもの」「男は外で働き、女は家庭を守るのが当然である」という古い価値観へと繋がります。それは、ハウルとソフィーが本当に自分たちらしく愛し合うことから二人を遠ざける「呪い」でした。

「女から男に愛情を伝えるのは間違っている」という、古い価値観を捨て去ったソフィーは、自分に素直になってハウルに真心からの愛情を伝えます。 ソフィーはここにきてやっと、あるがままの自分の姿を受け入れ、ハウルに心を取り戻させます。

 

  • 空を飛ぶ城=海外移住?

エンディングでは、新しい城に乗って空を飛んで行くハウルたちが描かれます。しがらみを取り去り、戦争という激務の仕事を辞めて、新天地へと旅立って行く姿は、日本を捨てて海外移住するエリートサラリーマンの姿に見えなくもありません。洗濯物がはためいているのも、かつての恐ろしげな外観の城ではなく、家庭を愛する人間に生まれ変わった意味ととれます。一度は姿を消したカルシファー(情熱、才能)が、ふたたびハウルのところへ戻って来るのも象徴的です。ハウルの心が軽くなったんだなぁと思わせられるラストシーンでした。

 

以上、ざっくり&むりやりな分析を行ってみました。いろいろ、牽強付会なところもありますが、この読み方をすると自分の中ではストーリーがしっくり来て納得することができ、面白かったです。